赤羽駅の鈴木

2017年11月4日といえば、我らがセレッソ大阪が日本国内三大タイトルのうちの一つ、JリーグYBCルヴァンカップ決勝戦を制し初タイトルを獲得した日として永遠に語り継がれる日である。
勿論俺も埼玉スタジアム2◯◯2で熱く戦い抜いてカップアップの瞬間を目に焼き付けたのだが、その日の早朝にもまた知られざる戦いを繰り広げていた。


「ぬるぽの朝は早い」
これは所属組織の合言葉、あるいは1日のプロローグとして用いられるセリフである。
組織のメンバーは呪詛のようにそれを呟く。
朝4時に起きた俺は家族を起こさぬよう、前日に全て用意しておいたリュックを背負って駅へ向かう。
因みに寝たのは20時。もはや田舎のジジイを超越していた。
最寄りの駅から会場の埼スタまでの道程も確認済みだ。
前日に待機列に入ってくれた有志に報いるためにも列整理時間には到着せねばならない。
それには始発電車に乗る必要があった。
そしても一つ、土日祝にJRの指定区域内で乗り降りが自由になるお得な「休日おでかけパス」の存在も見逃せない。
ここから埼スタまでは片道で軽く2000円を超えてしまうので3000円弱で買えるこの切符はマストアイテム。秋のコーディネートに最適。
ところが、だ。
出発地点の最寄り駅は窓口業務が7:00開始となっていた。
これはまだ想定の範囲内、券売機で買えることも知っていたので慌てず向かう。
しかしこのお得な切符が買える券売機に札がかかっている。
「発売開始は5:45~」
俺が乗りたい始発は4:42発。
おかしいじゃろ。
切符買えないとか、おかしいじゃろ。
自由律俳句を詠みながら策はないかと辺りを見回すと、改札前にインターホンが設置されているのに気付いた。
早速ボタンを押すと有人駅(ここも昼間は有人なのだが…)に待機した駅員が対応に出てくる。
俺は始発の時間が迫っていることもあって用件を手短に話す。
「すみません、休日おでかけパスで始発に乗りたいんですけど、券売機が機能していなくて…」
三点リーダーにはどうすれば良いんでしょうか、という気持ちを込めている。
するとインターホン越しの駅員はこう言った。
「2駅先の窓口は開いてるので、そこまで切符買って移動して、窓口で切符買ってください」
無能。
まさに無能である。
「…それだと始発電車に乗れることにならないですよね? どうしてもこの始発で移動したいんですが」
三点リーダーにはその二文字の言葉をぐっと堪えた気持ちを込めている。
「あー…どちらまで行かれる予定ですか?」
「浦和の方まで」
「少々お待ちください…」
始発は迫るが黙るインターホン。暫くして「浦和駅に連絡を取ったので、改札のそばにある『入場証明書発券機』のボタンを押して発券した物を持って行って、浦和駅で事情説明してください」
「…わかりました」
この三点リーダーには「いや浦和の方とは言ったけど浦和駅に行くとは言ってねえだろ…?」という気持ちを込めている。
ただ説明するといよいよ始発に乗れないので入場証明書を入手し、先を急ぐことにした。
これさえあればなんとかなるじゃろ。
そしてもう一つ急ぐ理由はグリーン券の発行だった。
埼スタまでどこで乗り換えるにしても、1時間40分ほど座りっぱなしになるので、780円で買える豪華な席、これももはやマスト、大人の嗜みと言っても過言ではなかった。
ホームでは列車接近を知らせるアナウンスが始まった。
エスカレータを駆け下りた俺は手近にあるグリーン車券売機に駆け寄り、ICカードに情報を書き込んだ。
ホッと一息、これで車内販売のコーヒーでも飲みながらのんびり向かえる。
ところが待てど暮らせどグリーン車は入ってこない。
券売機から前方を見るもグリーン車らしき車両は見当たらない。
ははーん、始発列車にはグリーン車は付いていないのだな。
そう結論付けた俺は仕方なく通常車両に乗り込んだのだった。
さて、これで心配事は2つになった。
1つは最寄り駅の入場証明しか持ち合わせていないこと、もう一つは使用しなかったグリーン券のことだ。
最終的にはシャトルバスが動いているかどうかわからない浦和駅に行くより、東川口で埼玉高速鉄道を使うルートが一番いいだろう。
そう結論付けて乗り換えルートを模索した結果、一番タイムロスの少なくなるであろう赤羽駅でこの2つの問題の処理をすることを決定した。
赤羽駅に降り立った俺は改札の有人窓口を目指した。
まだまだ早い時間帯で窓口には旅客の姿はなく、直ぐに対応してもらえそうだなとホッとして女性駅員に近付いた。
「あの、すみません」
俺は入場証明書を提示しながら言った。「これでこの駅から来たんですが、ホリデーパスを買いたくてですね…」
すると女性駅員は目を丸くして首を傾げ
ほりでぇぱすうぅぅぅ?
と言い放った。
雑文書きとしてフォントいじりはプライドが許さないのだが、ここは仕方なくBoldを使用することを自分に許可したい。
小馬鹿にしたような、というと簡素過ぎる。
わたし、駅員になって長いですけど、そのような、あなたがおっしゃるような、そんなたぐいの切符、見たことも、聞いたことも、ございません、え、なんていいましったけ、
ほりでぇぱすうぅぅぅ?
という感じの言い方だ。
呆然となるのは俺の方だ。
いや、確かに休日おでかけパスの言い間違いだ。
そこは譲ろう。
ただここまでその言い間違いを責められる言われはあるだろうか。
いや、ない。
「え、名前違いますっけ、首都圏近郊の乗り放題切符なんですが」
こう言い加えるのが精一杯だった。
その女性駅員の名札に目をやると「鈴木」とあった。
顎の長い、肩幅の広い女だ。
鈴木は後ろをゆっくりと振り向くと、1枚のパンフレットを取り「無言で」俺に差し出した。
それは「休日おでかけパス」のパンフレットだった。
もはや小馬鹿にしてるとかそういう類のものじゃない。
馬鹿だと言っている。
鈴木は確実に俺を馬鹿だと言っている。
これ読めます? デカデカと書いてますよね、「休日おでかけパス」はいリピートアフターミー「休日・おでかけ・パス」あなたなんていいましたっけ「ほりでぇぱすうぅぅぅ?
という所作だ。動作だ。煽り行為だ。
「あぁ…そうこれですね、これにしたいんですが」
「出て右に行ったところで券売機で買ってください」
何故これが最初に出てこないのだ。
「ホリデーパスください」
「休日おでかけパスのことでしょうか? それでしたら出て右にある券売機でお買い求めください」
これで済む話だ。
俺は何故にここまでバカ扱いされなければいけなかったのか。
そして問題はもう一つ残っていた。
「あのすみません、実はもう一つありまして、グリーン券を使用しなかったので払い戻ししていただきたいのですが可能ですか」
溢れ出る黒いオーラを最小限に抑えながら申し出てみる。
「どのような理由でお使いにならなかったのですか」
「グリーン車が付いてなかったんです」
「はへぇ…東海道線の普通列車は全てグリーン車が付いてるはずなんですけどネー?
はへぇ、の部分は苦笑い。
「ネー」はどこまでも上がっていく昇り龍のごとく、イントネーションを上げた「ネー」だ。なんなら裏声まで入った「ネー」だ。
この「ネー」を聞いてもバカにされてないと納得するガンジーも真っ青な聖人は居るのだろうかいない。即答だ。
いや、確かにグリーン車は付いていただろう。
付いていた。
俺が上り下り方向で号車番号を見間違えていた。
グリーン車券売機が10両編成用の場所であったことも災いした。
上り方面の後方車両にきっとグリーン車は存在したのだ
だからといってとことん語尾を上げた「ネー」で蔑まれる言われはあるのか。
あるのか?
あるのかネー?
面倒臭そうに返金伝票を書き込む鈴木。
「これをみどりの窓口に出して返金を受けてください。今は時間外なので開いてからお願いします」
俺はその伝票を煮えくり返る腸を隠して丁寧に受け取ると、改札を抜けて「休日おでかけパス」を買い、鈴木に目もくれずに自動改札から再び埼スタを目指した。
因みにこの返金伝票を帰りに開いていたみどりの窓口に持ち込んだ時の話。
「失礼ですがグリーン券未使用理由が『その他』となっておりますが、如何なさいました?」
窓口の林田さんが聞いてきた。
「グリーン車が付いてませんでした」
「左様でございましたか」
林田さん、有能。マジ有能。
5秒で話が終わってお金が戻ってきた。
全赤羽の駅員はぜひ見習っていただきたい。

パイの実に引き続き、俺の人生が終了するまでギルティ案件が増えた出来事だった。
勝ってなきゃ何が起きていたか。

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