また広島へ行ったのだった 〜2025/06/03〜
間が空いてしまったが続き。
朝から雨がしとしと降るけど午後から止むということ。
ホテルの掃除を断ってPCで昨日の続きらしきことをポチポチして回復待ち。
ちょっと止んできたので近所の広島つけ麺を食べに行くことに。
前回の旅からちょっとハマった辛いつけ麺。
今回は「つけ麺赤猿」さんへ。
味は美味しかった。
でも広島つけ麺の辛味は本当にどのレベルが正解なんだろうw
辛い方が絶対に美味い、という動画を見たことがあるが勇気が足りない。
まだ少しパラパラしてた雨だが店を出る頃には心配ない程度になっていたのでホテルに傘を置いて移動開始。
広島駅に新しく路面電車のホームが作られている。
数日後に試運転動画が出てた。
新しい建物をすり抜けピースウイングまでトコトコ歩く。
広島は栄えているが人が多すぎないのがとても良い。
否応なしに都市設計を再考させられた過去はあるが、広島市以外の場所も程よい感じがとても好きだ。
ピースウイングの脇に工事中に出てきたという原爆遺構が移設されていた(何故か写真撮れてなかった)
本川小学校の遺構も初。
修学旅行らしき小学生がゾロゾロと出てきた後なので、なんかたった一人門を開けてくださいと言うのも憚られてしまうw
外から黙祷のみで失礼します。またゆっくりきますけえ。
そして昨晩見たNHKのドキュメンタリーの主人公の一人、佐々木禎子さんモデルの
本川小学校もそうだが2歳で被爆し小学生の時に白血病で亡くなった佐々木さんと、本当にこんな厄災に巻き込まれて多くの子供が亡くなったという現実を実感する。
丁度ここを離れた後に修学旅行生らしき小学生に声をかけられた。
「インタビューしてもよろしいですか?資料館で印象に残った展示はなんですか?」
被爆して亡くなった小学生、子供たちの遺品が展示されているところが一番印象的でした。
「…ありがとうございました」
うーん、まあ、ピンとこないよね。
俺も一番最初に平和記念公園に来たのは小学6年生の修学旅行。
その時から40年か。
資料館もリニューアルしてるけど、原爆ドームは何も変わらず。(正確には保存工事などでちょっと変わってるんだろうけど)
原爆遺構を見ても。
当時の写真を見ても。
絵を見ても。
体験談を聞いていても。
映像作品を見ても。
どれだけ想像を巡らせてもこの地獄には到底辿り着けない。
40年前の小学生もそうだし、今の小学生にも到底無理な話だと思う。
そして今50を超えたおっさんも、だ。
決して悪い意味ではなく、想像を絶するとはまさにこういうことを言うのだろうなと何度来ても思い知らされる。
だからその度に考える。深く深く考える。
三度こんな地獄が起こらないようにと。
若い人らも例え授業の一環でも、だるくても、暗くて怖い話ばかりだとしても、何かしら心に引っ掛けてくれれば、と思う。
原爆ドームの前でピースサインで写真を撮る人であってもいい。
その平和な行動がずっと続くことを祈って、行動できれば。
高校の修学旅行は長崎だったので次はまた長崎にも行ってあれこれ想いを巡らせたい。
全力で観光も楽しむけどな。それが何よりだと思うし。
歩き疲れてお茶。
そして路面電車で駅まで帰る。
やっぱ広電の駅はこれな気もするんだがw
明日はバタバタするので広島駅でお土産を選定してホテルへ帰る。
プチ移住はこういう予定を入れていない日があるととても良い。
明日はチェックアウトしてマツダ本社と呉。
最後の広島の夜だけど本当に心地よい気分で、テレビ見ながらスーツケースにお土産をテトリスしつつ更けていく。
逆に明日神奈川へ旅行に行くかのように。
因みに夜ご飯は2食付きだったので全日ホテルで食ったw
いよいよ次回最終回。
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