実写化とキャラクター~実写版の冒頭を見て

絶賛大ヒット公開中「この世界の片隅に」ですが、ついに公開から600日連続上映を達成されたそうです。
いやあ、この映画本当に素晴らしいので、是非に映画館で見てください。
もちろんもうBlue-ray・DVDも発売されているのですけど。


ファンとして最初は映画館でどうしても見て欲しい。
幸いなことに600日経過後も拡大上映中
何卒。
で、この先は完全ネタバレ込になります。
注意して読んでください。見てない人は引き返してくださいw
まあライトなファンの俺が書くのも何なんですが、ちょっと我慢ならなかったもので…
このアニメ映画、こうの史代先生の原作漫画も、もの凄く良いんですよ。

アニメ映画版の凄いところはこの原作をほぼ忠実に再現したというところ。
こうの先生もかなり調べて書いたそうですが、それを上回る片渕須直監督の調査により原作の雰囲気を損なわず「フィクションでありながらノンフィクション」の域まで達したと言えましょう。
この原作とアニメ映画版の話は、このような比較記事でなく、またじっくりと書きたいかなと。
そんなこの世界の片隅にですが、先週日曜日から「実写連続ドラマ版」が始まりました。
…これが1話も最後まで見れずに挫折。
「違う、こんなのすずさんじゃない…哲くん鬼いちゃんじゃない」
となってしまいました。
原作とアニメ映画版が凄いクオリティなのでそこまでのものを望んで見てるわけじゃないんですよ。
それでも見てられなかったのは「キャラクター表現」のせいかなと。
当然、実写なので人物や背景などのリアリティは追求しなくても良いと思うんです。
雰囲気があればそれがリアル(になるのだ)と。
だからこそ演者が「リアルなキャラクター」になるには、セリフや振る舞いが重要になる、これが漫画アニメ原作の実写化の肝だと常々思ってるんですよ。
それがね…。
冒頭、賛否のある「現代パート」からドラマは始まります。
現代の呉に「すずさんの住んでた家」を尋ねに行くカップル。
空き家の廃墟感漂う建物に入り
「ここにすずさんが居たのか」
というセリフ付き。
この時点で8割のアニメ映画版ファンが愕然としたはずw
すずさんは設定上、現代では90歳を超える高齢ですが、今もなお、あの家で細々と暮らしているとみんな信じているのですよ。
居ねえってどうゆうことだよ榮倉奈々さんよ! って感じ。
いや原作ラストで、すずさんがどれだけの覚悟を持ってあの家に住まうことにするのかを知ってれば、70年後に(建て替えやリフォームがあっても)空き家になってる、近所に住んでいない(よな、あの描写だと)とかありえないんですよ。
この家に居ないと周作さんを見つけられんかも知れん。
広島の家族があんなになっても「呉は私の選んだ場所だから」そこから離れない、とした覚悟を冒頭にひっくり返しやがった…
あと榮倉奈々さんが恋人に「呉」の発音を言い直させるシーンが有るのだけど…それも映画のラストシーンでめっちゃ重要なところなんやで?
榮倉さんが呉出身でない、知り合いがいるわけでもないという設定なのにその発音が出ます…?
まあそこらは「所詮、蛇足な現代パート」とスルーすることも出来るのですが。
一応、まだ演者がキャラクターになったかどうかを見せるシーンはありませんし。
続いて本編(?)の幼少期パートが始まります。
海苔を届けに行くシーンで「すずちゃん」を演じるのはわろてんかなどでお馴染みの演技派、天才子役の新井美羽ちゃん。
すずちゃんはここで重要な出会いを果たす…のですが。
(武田鉄矢もラジオで絶賛した、大きな荷物を背負う前に壁に押し付ける描写、が入っててたんですが、押し付ける前のところ端折られてて残念。たかがあれしきの所作、されどあれしきなんすけどね)
海苔を無事に届け終わり(あれ、届けちゃった)駄賃でキャラメルを買ってホクホクしていると何者かに後ろから襲われ眠らされる。気付けば大八車上に設置された檻の中で見知らぬ男の子と一緒に閉じ込められている。
その子から「人さらいにさらわれた、儂らは食われるんじゃ」と説明を受けるすずちゃん。
ここまではまあなるほどねそういうストーリー改変ね、となるのですがこの後がいけん。
すずちゃん、あろうことか泣き出します。
「帰らにゃいけんのに、どうしよう!」
違う、泣いちゃダメ、すずちゃんは普段からボーッとしてるから、こんな時も「はてさて弱ったねえ」と途方に暮れている人のはず。まあ原作ではそう書いてあるけど。
同じように泣き出す男の子、そしてそれを見たすずちゃん「諦めたらそこで試合終了ですよ」の安西先生的なセリフで励まし始めます。
絶対ないww
人の感情を推し量るのが下手なわけではないけど、口下手で上手く伝えることが出来ず、だからこそぼーっとしてると言われるすずちゃんが、男の子を励ましたらおかしい。
まあ紆余曲折も結局男の子が機転を利かし檻を蹴破り逃げ出すことに成功。
…でですね、このエピソード、実写版だと不思議な話でなく、ほぼ現実として描かれてしまってるんですよね。
家族が遅くなったすずちゃんを探しに行こうとするとか。
原作ではそんな記憶はあるんだけど、きっと夢みたいなものだった、という書き方をされてる。
さっきから「男の子」と書いてるけど、あれが周作さんであるかどうかも、実はわからないから良いんじゃないかなと。十中八九、周作さんだけど。
人さらいにキャラメルを投げつけるという描写ももう、そうじゃねえよ、と。
「なんぼバケモンでも、晩飯抜きはかわいそうじゃけ」
って原作のちょっとした優しさ的な部分がなくて
「これでも喰っとけ!」
って感じで投げつけてるのが非常に残念。
この出会いはキャラメルが重要なファクターなんですが、…エピソード重視で非常に雑く、すずさん(そして周作さんらしき少年)のキャラクターがもう崩壊し始めました。
そして場面は変わり(原作では1年後)草津のおばあちゃんの家へ遊びに行き、また別の出会いを果たします。
屋根裏からひょっこり現れた少女。
これもまあ十中八九リンさんなんだけど…原作通り含みをもたせて終わるかと思いきや、ガラの悪そうな男が現れて「おいお前、白木リンだな!?」は蛇足じゃ…。
リンさんは最初大きな家の子守として売られたが反りが合わずに脱走、各地を転々としてるうちに遊郭に「拾われていった」というのが彼女のキャラクターではないかなと。
怖い人に無理やり連れて行かれ、無理くり遊郭に並ばされてる感出しちゃうと、これまたなんか違うじゃん。
「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」
このセリフが効いてこないんじゃないかな。
無理やり売られた少女がこんなこと言う遊女になれるかな。
更に原作換算で3年の時が経ちます。
11歳の子役が21歳の女優になったかのようにすっかり大人になったすずさんw まあそこはご愛嬌と見て…
クラスメイトで幼馴染の水原哲が登場。
まあこれが原作(での幼少期)のイメージを覆す、爽やかな好青年でしてね。
いや、すずの鉛筆を落とすシーンからお兄ちゃんの鉛筆渡すシーンの描写って、絵に描いたようなガキ大将が気になる女の子にちょっと意地悪するって非常におもろいシーンだと思うんですが、どう見ても偶然ぶつかって鉛筆落としちゃったんで代わりに持ってきました的なふつーのシーンに。
原作では哲さんは学校卒業後「当たり前のように」海軍に入りますが「人の当り前から外されて」全く違ったキャラクターに変貌します。
その為にもこのシーンは「すごい乱暴者」感をちゃんと出して欲しかった。
このシーンで突然先生が飛び込んできて「水原君、家に帰りなさい!」ってお兄さんの訃報が入ってくる。
お兄さんの死は哲さんに影響を与えたのは確かだけど、それはその後の人生に対してであってだなあ…その場の雰囲気ではないと思うのですよ。
そして死んでしまった哲さんのお兄さんに憧れてた鬼いちゃんが「儂は陸軍へ行く!」と突拍子もない宣言するわ(なんで哲さんのお兄さんが行ってた海軍じゃねえんだよ)、あろうことかすずさんが
「鬼いちゃん!悔しいんじゃろ!私をぶってええよ!」
っておいおいマゾですかって叫びが挟まり、俺のライフがほぼ0。
すずさんは決して「兄思い」ではないのですよ。
それどころか理不尽に恐ろしい(ここらは哲さんと一緒)ので哲さんに「お兄ちゃんあげようか?」と天然に言うしガキ大将の水原哲を持ってしても「要らん!」と即答できるほどのワルなわけで。
そのもっと後には、鬼いちゃんの戦死の報を受けて(居なくなったことで)ホッとしている自分の心が歪んどるってなるわけですが(もちろん死んだ実感がないということは差し引いても、居なくなったことに対して喜んでいる自分がいる)。
鬼いちゃんの気持ちを推し量り、自分の身を呈して慰めるってのはやっぱ違う…。
波のうさぎのシーンではカジュアルに兄の死をべらべら喋る哲さんがすずさんの描いた絵を「満足そうに」持ち帰るシーンで目出度くギブ。
桃李くんごめん、君が出るまでもたなかったww


ほんと「そんな事言わねえだろ」と「この後のあのシーン、台無しじゃん」の連続で見てるのが辛かったです。
エピソードを膨らます際、キャラクターってやっぱ大事だと思うんですよ。
その辺は二次創作に似ているところもあって…というか実写化なんてのは公式二次創作だよな。
例えば
現代パートで呉の町ですずさんの家を探してるけど見つからず、だけど「この町にすずさんは居たんだなあ」ってちょっとした呉の風景とともに言わせるだけで同じ効果だけどすずさんがあそこに居ないという断定はしなくて済むでしょ。
大八車のシーンは泣かずに「あれ、漏らしんさったん?臭いのう」ってむしろすずさんが機転を利かしたようにするだけでおっとりしてるけどやればできる子的な印象を与えることが出来るし、その時に人さらいが気絶するようにして男の子がその手にキャラメルを握らせる、で原作も踏襲できる。「あんがとな、浦野すず!」が生きてくる。
リンさんが草津の家から去るシーンも自分で歩いて出ていけばいいのに…そういうキャラでしょと。
もしかしたら喫茶店のアイスクリームに釣られて遊郭に行く約束してしまったのかも知れない、その方がリンさんっぽいのですよ。
ほんで申し訳ないけど鬼いちゃんこと要一さんは理不尽にすずをどつきまくるだけで良かった…陸軍へ行くんじゃーって志願兵だったんだっけ…? 上にも書いたけどなぜ海軍じゃないの…
そこまで行けなかったのであれなのですが、この先すずと同世代の女の子が2人登場するそうです。
しかも一人は刈谷さんの娘、しかも周作さんが好きだったのですずさんに意地悪ををするという設定…
めっちゃ要らん。
知り合いが居ないだけじゃない、近所に同世代なんてどこにも居ないからリンさん(や遊郭の赤毛のテルちゃん)と仲良くなったことが拠り所になったわけじゃん。
そのリンさんが○○だからショックだったわけで…
そんな立場の人、出したらここの感情変わるよね、きっとね。
そこまでリンさんに固執しなかったかもしれないしそうするとそんなことも知らずにすんじゃったかもしれないよね。
まあうまく処理されてるかもしれないので(どう処理したらそういう隣組にいる同世代の女の子と上手くいくのかわからんが)見てやってつかあさい…
俺は、ギブです…映画見ます。

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