日々黙々



頑張ってますよ。



 饅頭に突起物を埋め込む作業をしていて、ふと大西さんを思い出した。
 昨年がんで無くなった、ザスパ草津の元社長。そして2001年のセレッソの副社長をしていた大西忠生さん。
 なぜ思い出したのかは良く分からない。
 思い出したのは報ステの「おくやみコーナー」でザスパ草津創設までの話をやっていた、そのときのビデオ。
 子供たちが芝生の上でザスパの選手とともにサッカーに興じる。
 それを見て大西さんが
「宝物や、この子らは草津の財産や」
 と満面の笑顔で言う。
 そのシーンをふと思い出した。
 04年の天皇杯、セレッソは当時JFLだった(J2昇格は決まってたはずだが)草津に完敗し敗退した。
 セレッソとは色々あったから勝ちたかった、と大西さんは語ったらしい。
 01年のごたごたの事だろうけど。
 あの時、ノ・ジュンユン選手が解雇されたあと、去り際にこう言った。
「僕が去っても、大西さんだけは辞めさせちゃいけない」
 あの人がセレッソのことを一番考えているんだ、と。
 でも何だかんだで(辞任だったか解任だったか)辞めてしまった。
 チームは結局降格したし。
 大西さんは翌年からザスパの創設~J昇格まで尽力された。
 新社長の不祥事のあと、自ら新社長に名乗り出て、更に草津のために尽くした。
 お亡くなりになるまでずっと。
 あれから何人、セレッソを大事にする人を辞めさせたのかなあ。
 今、本当にセレッソが大事だと思っている人間は何人残ったのかなあ。
 今の社長は大西さんのように、スクールやユースを見て微笑んでくれるだろうか。
 財産だ、宝だと思ってくれるだろうか。
 そう言えば「ハナサカクラブ」なる、セレッソユースカテゴリに使われる資金を、広く一般から募る試みがスタートするらしい。
 やっと俺のようにユースまでサポートに行けない人間にとって、身になるサポートが出来るようになる。
 俺たちの宝をもっともっと磨くのに使ってもらえるお金だ。
社長は何口乗ってくれるんだろう。

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